Masahito Style

Welcome to Masahito Hirakawa homepage

コンピュータは使うだけじゃ、もったいない!思い通りのコンピュータを自分の手で創り上げてみませんか。
その入り口が、ここ島根にあります。

平川研究室では、人間の視点に立ち、人間にとって素直なコンピュータの姿を探し求める研究に取り組んでいます。コンピュータに人間が合わせるのではなく、コンピュータが人間に合わせて賢く振る舞う、そんなコンピュータを創りあげる夢を一緒に追いかけてみませんか。「コンピュータって、こんなもの」という既成概念を取り払えば、いろいろな選択肢が見えてきます。「ソフトウェアとハードウェア」、「理系と文系」、「論理と直感」... 垣根を取り払った後に、新しい未来が見えてくることでしょう。

島根でしか作り出せないモノをめざそう!

挑戦なくして果実は得られない


IMG_4796plus.jpg1979年に広島工業大学工学部電子工学科を卒業後、1984年に広島大学大学院工学研究科システム工学専攻博士課程後期を修了(工学博士)。同年、広島大学工学部第二類(電気系)情報システム研究室助手。1991年助教授。2001年4月の改組により、広島大学大学院工学研究科情報工学専攻知能情報工学講座データベース工学研究室助教授。2002年4月より島根大学総合理工学部数理・情報システム学科教授、その後に所属は大学院総合理工学研究科となり、現在に至る。2004年4月から2007年3月は総合情報処理センター長(併任)。2007年4月より2011年3月まで附属図書館長(併任)、島根大学評議員。2014年4月より総合理工学部入試委員長ならびに教育開発センター長(併任)。後者については、同センターの再編により2017年4月に教育推進センターに移行後、継続してセンター長(併任)。個人情報保護士、第一種衛生管理者。

1982年夏、米国イリノイ大学シカゴ分校客員研究員。1990年にはスウェーデン・リンショーピンの防衛研究所客員研究員。さらに1999年9月から2000年3月には文部省在外研究員としてイタリアのフィレンツェ大学に滞在。1980年代初頭にはARESプロジェクトリーダとして、あいまいな問い合わせを受理する、やわらかいデータベースシステムを開発するとともに、その後、データモデルMOREに基づくマルチメディアデータベースシステムの開発にも従事しました。1980年代中頃から1990年初頭にかけては視覚的プログラミング言語の先駆的な試みであったHI-VISUALを開発しました。現在はコンピュータ利用者の立場に立ったコンピュータシステムの開発に幅広く取り組んでいます。